庄原市史跡

亀山城趾

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所在地     東城町小奴可字要害
指定年月日  昭和50年3月17日

 小奴可駅の南方にある天然の小丘を利用して築かれた山城。本丸の下が段状になって、郭( くるわ) が8カ所残っている。北方に深い空堀があり、南方にも浅い空堀や迷路のような空堀状の溝がある。本丸の東南端には土塁状に天然の地山を残し、東南方のふもとに土塁状の盛りあげがみられる。西方のふもとが居館跡と伝えられ、一角に小奴可の要害桜(県天然記念物)がある。「備後古城記( びんごこじょうき) 」などによれば、平安末期の治承から元暦のころ、奴可入道西寂( ぬかにゅうどうさいじゃく) の居城であったとしている。東城では、五品嶽城跡に次ぐ大規模なもので、ひじょうに整った山城であり、伝承通りの古い時代の城跡の原状を残している。

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